当事者の声

当事者の声

当事者の声

2020.11.12

当事者の立場で脳卒中予防を広く啓発、患者・家族の「生の声」を届ける

川勝 弘之
日本脳卒中協会 副理事長

現在の活動を始めたきっかけ

脳梗塞を発症
私は、脳梗塞の経験者です。発症したのは2004年9月、日曜日の朝4時頃でした。脳卒中とは、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、血管が破れる「脳出血」や「くも膜下出血」の3つの総称で、中でも脳梗塞を発症する人の割合は、脳卒中全体のおよそ7割を占めると言われています。

あまり知られていないのですが、脳梗塞を起こしても頭痛は感じないんですよ。ある研究では、脳梗塞を発症した95%の人が痛みを感じなかったと報告されています。くも膜下出血は激しい頭痛を伴うのですが、脳梗塞の場合は、前兆の痛みもありません。しかし、血管が詰まると脳が障害を受け、身体機能や言語機能に影響を及ぼします。

救急車を呼ぶかどうかの判断が「分かれ道」
このように、脳梗塞には痛みがないため、症状が収まれば大丈夫だろうと放置しがちです。私自身も発症時、倒れた後に立ち上がることができました。それを見たうちの妻も「きっと疲れているのよ。寝ていれば治る。」と言っていたほどです。医者へ行けば、時間やお金がかかるし、痛い思いもしたくありませんから、多くの人は敬遠しがちでしょう。そこで、救急車を呼ぶかどうか。その一瞬の判断が、生きるか死ぬか、社会復帰できるかどうか、予後の生活を大きく変える「分かれ道」になります。

私の場合は、結局、妻や子どもが「救急車を呼んだほうがいい」と判断してくれ、そのまま病院へ搬送されました。たまたま発症部位がそれほど重要な場所ではなかったので、今でも歩きにくさはあるものの重篤な後遺症は残っていません。リハビリに励んだ後、2カ月強で会社に復帰することができました。

脳梗塞経験者として始めた講演活動が全国に広がる
発症当時、私は保険会社の支社長でしたが、復帰すると本社の教育部門へ異動となりました。脳梗塞を経験して実感したのは、自分も含めて人々がいかに脳卒中という病気のことを知らないかという現実と、病気の知識を持つことの大切さです。やはり、脳卒中そのものを広く知ってもらう必要があると考えた私は、まず社員向けに脳卒中の勉強会を始めました。すると参加者たちから「実際の経験に基づいた話は厚みが違う」と、大変良い反応が返ってきたのです。評判は広がり、私は全都道府県の支社を飛び回って講演活動に励むようになりました。

病気の知識がないと回復を妨げてしまう
活発に動き回る私の姿を見て、「脳梗塞をやったのに大丈夫?」と心配する声もあったのですが、それも脳梗塞の知識が少ないがゆえの誤解です。脳梗塞によって脳細胞の一部が壊死しても、別の脳細胞に教え込ませることで、失った機能は回復します。そのリハビリのためには、むしろ動いたほうがいい。病気の知識を持たない周囲の人々が「危ないからじっとしていてね」と止めてしまうと、なかなか回復することができません。

私に対しても、主治医は「ちゃんと動かないと回復しないからね」と教えてくれていましたが、やはり周囲は心配していましたね。そこで先生にお願いし、診断書に「飛行機大丈夫です」「スキー大丈夫です」と書いてもらいました。退院2カ月後には、大好きなスキーにも行ったんですよ。一方で、多くの患者さんは、周囲の人々に心配されているうちにどんどん委縮し、何もできなくなってしまいます。ただし、心筋梗塞のような循環器疾患の場合は、心臓に負担がかからないように、ゆっくり動かしていくことが大切です。

日本脳卒中協会とタイアップして啓発活動を展開する中で副理事長に就任
その後も、全国で勉強会を開催していたのですが、講師が私一人だったため、さすがに回り切れなくなってきました。他にも講師を務める社員がいればよかったのですが、経験者が語るからこそ聞いてもらえるという側面があるため、なかなか難しかったのですね。そんな時、当時の上司から「どこかとタイアップしてはどうか」という話がありました。その相手として浮上したのが、公益社団法人 日本脳卒中協会(以下、協会)です。

さっそく協会の中山先生に大阪まで会いに行ったところ、話は進んで、協会と当社でタイアップして啓発活動を展開することになりました。それから協会が開催する市民向け講演会の講師を私が務めるようになり、今では協会の副理事長に就任しました。

私は、今後の患者団体の在り方として、ゆるやかな患者集団をつくるべきだと考えています。「脳卒中のことを知ってほしい」という気持ちを持って、個々人ができる範囲でゆるやかに活動する患者集団。それを実現させるための一つの方法として当協会では、発症時の体験や入院したときの気持ち、リハビリの様子から退院後の過ごし方まで体験者だけが知っていることを語りつくす「脳卒中体験者スピーカーズバンク」を推進しています。

専門外の医師、かかりつけ医の啓発も重要
2005年から現在までに私が実施した講演会の回数は、社内向け約170回、社外向け約160回、合計330回。聴講者数は、のべ2万5,000人にもなります。国立循環器病研究センターをはじめとする病院を訪れ、医師や看護師、ソーシャルワーカー等の皆さんを対象とした講演活動も行っていますが、特に、脳卒中の専門ではない医師や地域のかかりつけ医への啓発活動は、重要なミッションと考えています。

これまでの活動におけるGood Practice

「川勝さんの話を聞いていたおかげで、命が助かりました」
啓発活動を通して、何らかの問題点が改善されれば、やはりやりがいを感じますね。数年前、鹿児島で社内向けに講演をした際には、「川勝さんの話を聞いていたおかげで、私は命が助かりました」と言って、ある女性がこんなエピソードを紹介してくれました。

その方が私の話を聞くのは、実に4回目とのことでしたが、3回目の講演を聞いた後、朝起きると、ご主人に「歩き方がおかしい」と指摘されたそうです。しかし、ほどなくして元に戻ったため、疲れが溜まっているのだろうとそのまま出社。パソコンの前に座り、両手を置いた途端に左腕がガクッと落ち、力が入らなくなったそうです。

まさに、「これが起きたら脳の病気である可能性が高いですよ」と私が話していた通りの症状だったため、女性は、すぐに「おかしい。救急車呼んで」とメモを書き、隣の人に見せました。それを受け取った人が女性の顔を見ると、顔面の半分が麻痺して垂れ下がっていたそうです。その後、すぐに受診したことで回復し、その女性は4回目の私の講演会にも無事足を運び、意気揚々と発表することができた訳です。私の話を聞いて助かったという人は他にもいるのですが、その知らせを聞くと、大きなやりがいを感じますね。

新聞にも取り上げられた一例
これは、読売新聞「医療ルネサンス」の記事にもなったのですが、ある日、40歳位の女性社員が私の元へ来て、「お父さんの様子がおかしいんです」と言うのです。お母さんに聞いたところ、4~5日前の昼食後すぐに、急に左半身が動かなくなり、言葉も出にくくなったそうですが、その時はすぐに治ったのだそうです。しかし、明らかに様子がおかしいので、タクシーで救急外来を受診されました。

脳神経外科でMRI検査をしたところ、医師に「異常ありませんね。身体もちゃんと動いていますし、様子を見ましょう」と言われ、そのまま帰宅。ところが、数日後に再び同じ症状が現れたため、タクシーで同じ病院の脳神経外科へ。前回と同様、麻痺の症状もすぐに消えたといいます。やはり医師には「様子を見ましょう」と言われ、再び自宅へ帰されたのでした。

そこで、娘である女性社員は「ちゃんと調べたいから、いい先生を紹介してほしい」と私の元へ来た訳です。さっそく私の信頼する医師に症状を記したメールを送ったところ、「それは危ないから、すぐ患者さんをよこすように」との返信が来ました。患者であるお父さんが駆けつけると、その先生は、持参したMRI画像を見るなり「明らかにラクナ梗塞じゃないか」と診断し、即入院となりました。3回目の発作が起きたのは、その翌日のことです。ちょうど入院していたため、お父さんは適切な処置を受けることができ、今でも元気に過ごされています。もし、あのまま入院せずに脳梗塞を起こしていれば、重篤な後遺症が残っていたかもしれません。啓発活動を通して、患者やその家族の生活を守れるということは、私の大きなやりがいとなっています。

「脳卒中を経験した当事者(患者・家族)の声/患者・家族委員会アンケート調査報告書」をまとめ、厚労省に提出
日本脳卒中協会は、2018年12月の「脳卒中・循環器病対策基本法」(以下、基本法)成立に向けて日本循環器学会とも一緒に活動するようになり、国政レベルでの知名度が向上しています。その流れで現在、私は、厚生労働省の循環器病対策推進協議会の委員も務めています。

循環器病対策推進協議会では、本年7月1日に当協会が発表した「脳卒中を経験した当事者(患者・家族)の声/患者・家族委員会アンケート調査報告書」(以下、報告書)を参考資料として提出。循環器病対策推進基本計画について、当事者の立場で意見を述べました。本報告書をまとめるにあたっては、アンケートの回答をその方の言葉のまま記載するなど、患者や家族の「生の声」を届けることにこだわりました。

この報告書を読み、「耳の痛い話ばかりだった」「今まで患者に目が向いていなかったことが分かった」「何が本当に分からないのかが明確になった」など、各方面から感想が寄せられています。ぜひ多くの方に読んでいただきたいですね。

良いリーダーの資質とは?

人々の声を上手く拾い上げ、自我を強調しない人
今回の報告書をまとめてみると、アンケートの回答欄には、私も全く知らなかったような現実がたくさん記されていました。ですから、いわゆる患者リーダーと言われる人たちが、全ての患者さんの気持ちや苦労を理解し得るのかどうか、正直不安なところです。例えば、失語症の方やそれを支えるご家族の苦労を、当事者でない私たちが実感するのは難しいでしょう。だからこそ、大変な思いをしている人たちの声をいかに上手く拾い上げるか。それが、良いリーダーの資質だと思います。

あとは、自我を強調しない人ですね。私は、「愚痴のなかに真実がある」と信じています。さまざまな会議でも、参加者が自由に話している時にこそ、本音が散りばめられている。その「真実」を拾い上げることが大事だと思っています。

今後の活動

マスメディアを通じた啓発活動
今後は、国民の皆さんに広く届けられる啓発活動を多方面に展開していきたいですね。今回の基本計画の啓発という項目には、「マスメディア」という言葉が入ることになっています。循環器病対策推進協議会には、アナウンサーで脳梗塞経験者の大橋未歩さんやフジテレビの木幡美子さんも委員として参加されており、さまざまな意見交換ができました。ラジオやテレビを通して啓発が進んでいけば、社会は大きく変わるはずです。そのようなマスメディアとも一緒に、教育・啓発活動を広げていければいいと思っています。

インタビュー一覧

gotoTop