管理者インタビュー

伊藤 弘人 先生

6つの国立高度専門医療研究センター(独立行政法人 国立がん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センターおよび国立長寿医療研究センター)では、慢性疾患を有する患者のメンタルヘルスへの支援やうつ病の評価と治療に関する連携モデルを開発することにより、NCD対策にメンタルケアを統合し、身体疾患とうつ病等の治療の最適化を促進します。また、地域連携会議を活性化させ、患者をフォローアップする地域包括ケアシステムを構築していきます。

NCDとメンタルヘルスの関係

がん、循環器疾患、糖尿病、COPD(慢性閉塞性肺疾患)といったNCDは、喫煙、不健康な食生活、運動不足、過度の飲酒といった生活習慣や治療へのアドヒアランス(患者が積極的に治療方針の決定に参画し、その決定に従って治療を受けること)の低下によって予後が悪化します。
また広義のうつ(うつ病とうつ状態)はNCDの5人に1人程度と高頻度に合併することが明らかになっています。患者がNCDに罹患していることを十分に受け止めていなかったり、うつ病等でメンタルヘルスが低下したりすると、生活習慣や治療アドヒアランスが低下することは日常診療でもよく経験されると拝察します。
本プロジェクトのねらいは、NCDの治療にメンタルケアを盛り込むことにより、生活習慣や治療アドヒアランスの改善に寄与し、ひいてはNCDの予後改善につなげることをめざすことです。(図)

非感染性疾患と生活習慣との関連

これまで精神科医療の中で育んできた医療技術(向精神薬や認知行動療法等の精神療法)をNCDの臨床で役立てるという視点で構成し直すと、うつ病評価・連携、丁寧なフォローアップ、疾患・治療に対する適時・必要十分な説明となります。
せん妄や認知障害への対応も身体科からのニーズの高い領域です。予防(睡眠衛生教育や喫煙や飲酒への支援技術)、急性期医療(患者の意向を取り入れた診断・治療に関する意思決定)、慢性疾患管理(病気・障害との付き合い方の支援やフォローアップ技術)、緩和ケア(がん領域や心不全領域)など、NCD対策の各段階でバックアップできる技術を精神科医療は育んできました。
エビデンスの蓄積があるこれらの技術を使いながら、禁煙、健康的な食生活、運動、継続的な内服を支援すれば、NCDの改善につながると考えています。

身体疾患患者へのメンタルケアモデル開発ナショナルプロジェクト

プロジェクトは、2012年4月の6センター総長会議で了承されて開始されました。
6つの国立高度専門医療研究センターの各専門疾病の患者のメンタルケアを支援
しており、具体的には、A:専門疾病医療チームのための包括的なメンタルケア研修の開発・実施、B:地域連携治療モデルの多次元的開発と導入先進事例の紹介、C:臨床研究基盤整備と臨床支援モデルの開発という、3つの分野に分けて活動しています。(図)

身体疾患患者へのメンタルケアモデル開発ナショナルプロジェクト

6つのナショナルセンターが共同で臨床支援モデル開発の連携をするのは本プロジェクトが初めてです。さらに、厚生労働省の所管課をはじめとする行政や、サイコオンコロジー学会・糖尿病合併症学会・循環器心身医学会といった各専門疾病での関連団体との連携を強化しています。
本プロジェクトの強みは、各センターの総長がイニシアチブを持ち組織的に推進していることです。また、専門疾病の治療の中にメンタルケアを組み込んでいただくという観点から、専門疾病の担当部長、精神科医、看護部長と一緒に進めていることも特徴です。
うつ病の診断・治療やメンタルケアの基本という共通基盤を共有しつつ、専門疾病の治療を行っている方々が興味を持つプログラムにカスタマイズできるよう工夫を続けています。

OECDの医療制度を分類すると、日本は国民皆保険という公的保険をベースに、民間主導で医療が提供され、公的なゲートキーパーがないという特徴があります。
どの医療機関でも保険で医療を受けられるという利点がある一方、通院しなくなった患者を医師が把握する仕組みが制度化されていないなど、医療機関が地域責任性を意識し難いという課題を抱えています
NCDの退院患者をフォローアップする、いわば慢性疾患管理の仕組みを盛り込む必要性があります。
がん戦略研究の成果(Morita T, et al. (2013). Lancet Oncology, 14(7), 638 – 646.)で言及されている、地域の優先順位の高い課題を検討する多職種連携会議は、フリーアクセスのもとでゆるやかなゲートキーパー機能を作っていく一つの解だと考えており、本プロジェクトでも参考にさせていただいています。
精神科医が地域連携会議に参加し、患者をフォローアップしていける地域包括ケアシステム、すなわちメンタルケアを盛り込んだ慢性疾患管理システムの構築が、このナショナルプロジェクトの目標なのです。

現在は地方自治体で保健サービスを提供する人材が減少しているため、行政が地域連携会議の全てを担うのは現実的には難しいでしょう。
そこで、地域連携会議を作り、そこに行政の方にも参画頂く形で地域責任制を加味する仕組みを作りたいと考えています。行政の役割は、地域連携会議が機能しているかどうかを把握することになるわけです。
精神疾患の場合、2013年度から都道府県が精神疾患の医療計画を立案・進捗管理する時代になり状況が変わりました。都道府県が精神疾患の医療体制整備の進展を把握・推進することになったからです。
医療計画にすでに盛り込まれているNCD(がん、急性心筋梗塞、脳卒中、糖尿病)と精神疾患を同じレベルで扱う枠組みが制度的にも位置付けられたことは、本プロジェクトを推進する強い動機となっています。

情報通信技術(ICT)の役割

教育分野では「貧しい境遇だから能力を発揮できない、というような不平等だって、ICTで解決できる」とも言われています。
ただし、医療の本質は、患者と医療者との治療場面であり侵襲的な治療もあります。また医療領域における個人情報保護の基準が高いという日本の事情も勘案する必要があります。
本プロジェクトで検討してきた結果、健康・医療格差を改善・解消するために、すべてをICTに依存するのではなく、ICTには人と人とをつなぐ部分を補強・補完することに寄与してもらおうと考えるに至りました。

そこで開発したのが、患者手帳に基づく「連絡ノート型」フォローアップ支援システム(図)(伊藤ら(2013).社会保険旬報.2531, 10-14)です。
ICT部分は、患者番号のみの匿名化された内容だけでの運用も可能なように設計してあります。患者手帳に全ての情報を記載し、地域連携会議のサポートウェブサイトで連絡ノート部分のみをアップして情報の共有を図るというイメージです。
地域連携会議でフォローアップできるようにするとともに、患者に携帯電話を通じて情報提供をしたり、患者自身が自分の状態を入力したりすることもできるようにも工夫しています。
また、治療支援サイトという、限定された人のみ利用ができるコミュニティサイトも構築中です。このサイトでは、複数の施設のスタッフで構成されている治療チームの中で情報を共有することができます。加えて、患者の服薬状況をICTで把握できる仕組みも現在開発しています。
患者手帳をベースに、来院状況について地域連携会議でフォローアップを行い、適宜治療支援サイトや携帯電話を使って情報共有する、このようなセットで行っていくのが本プロジェクトにおけるNCD管理のコンセプトです。

包括的・疾病横断的な患者手帳の開発

国立循環器病研究センターでは、急性期入院医療から在宅でのリハビリテーションまでの治療を患者が一覧できる「脳卒中ノート」を作成しています。
また、熊本県では、認知症患者・家族のための「火の国あんしん受診手帳」が開発されています。
ともにバインダー形式なので、うつ病や他のNCDが合併した場合は、その内容を挿入することができます。この形式にすれば、患者に最適な患者手帳を作ることができます。
本プロジェクトでもバインダー形式の患者手帳を採用しました。これまでのように各専門疾病で手帳を持つのではなく、患者が複数の疾病を抱える場合は、関連する疾病の情報が入ったファイルにカスタマイズでき、疾病特異的ではない手帳を作っていきたいと考えています。

NCDアライアンス・ジャパンへの期待

ぜひ、NCDアライアンス・ジャパンに伝えて頂きたいメッセージがあります。
1つは、地域ベースの慢性疾患管理システム事例の集積です。例えば、地域ベースでゆるやかなキャッチメントエリアを意識できる仕組み、また、包括的・疾患横断的な慢性疾患管理ができる仕組みが盛り込まれた事例を集積し、共有していただくことを望みます。
もう1つは、NCD対策の中へのメンタルケアの統合です。メンタルケアは今まで独立して語られてきましたが、今後はNCD対策の中のメンタルケアが必要です。ただし、最適な支援をするために、連携が必要な患者(全患者の数%~5%程度)には専門家の関与が不可欠です。メンタルケアの専門家がNCD対策をバックアップするというイメージです。
専門家による評価と連携ができる体制を盛り込んだ上で、NCD対策の中へメンタルケアを組み込む必要があることをご理解いただけると幸いです。

本プロジェクトと共通する問題意識とご方針をお持ちになられているNCD Allianceには大いに期待しており、今後も連携できればと考えています。洗練されたNCD対策(エビデンスに基づくメンタルケアを統合した包括的治療)によって、ともに健康維持、再発・重症化予防を目指していきましょう

NCD Allianceのご活動がますます発展されることを願っています。

国立精神・神経医療研究センターのウェブサイトはこちら

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