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【開催報告】第120回HGPIセミナー「診断直後から終末期を包括した緩和ケアの推進に向けて―がん性疼痛対策を中心に」(2023年10月10日)

今回のHGPIセミナーでは、東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部 部長/同大学医学部 准教授の住谷昌彦氏をお招きし、がん性疼痛や緩和ケアの定義のひろがりや、診断早期から治療期、終末期、さらにはサバイバーを包括した緩和ケアの推進に向けて、お話しいただきました。

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WHOによるがん性疼痛や緩和ケアの定義のひろがり

世界保健機関(WHO: World Health Organization)は、2018年に国際疾病分類(ICD: international classification of diseases)第11版へ改訂し、がんの病理による痛み(例:内臓に浸潤したがんによる腹痛、骨転移による骨の痛み)を指す「がん疼痛」から、がん自体の病理による痛みだけではなく、がん治療に伴う痛みを包含する「がん性疼痛」へと改名した。また、緩和ケアという言葉は、歴史的には終末期を中心として、進行がんの患者が亡くなるまでの時間をつなぐような医療として導入された。現在では、終末期だけでなく治療期、さらにはがんサバイバーにおいても多くの患者が痛みに苦しんでいることがわかっている。こうした背景から、WHOは緩和ケアの定義を2002年に見直し、「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族の生活の質(QOL: quality of life)を、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチ」とした。

緩和ケアの必要性とその効果

がんの標準治療である放射線治療、手術、薬物療法は、痛みに関連する合併症を引き起きす可能性がある。例えば、薬剤性ニューロパチーでは手足の痛みやしびれが生じる。こうした合併症によって薬物療法の減量、中断、中止に至る事例が17%に上るという報告もある。また、強い痛みを持つ患者は、そうでない患者よりもがんの治療成績が悪く、この理由には、がん自体の悪性度が高いと腫瘍が広がりやすく痛みも強くなりやすいことと、がん治療に伴う痛みによって、日常生活活動レベルや食事の摂取量が低下し、理想的ながん治療が継続できないことがある。後者においては、合併症のコントロールが治療成績を左右しており、実際に緩和ケアチームによる早期からの長期的サポートを受けた方が、治療成績が良いことがわかっている。

終末期のイメージから離れた外来緩和ケアの推進

東京大学医学部附属病院では、緩和ケアの必要性をがん治療医が理解している一方で、患者・家族にとって、緩和ケアというと終末期のイメージが強いことが、受診の妨げとなっている。東大病院では、がんではない痛みの診療も担当するペインクリニックの外来の中にがん治療期の痛みに特化した専門外来を開設しており、緩和ケアという言葉を使わないこともあり、積極的に受診いただけている。

これまで入院医療を中心に緩和ケアが提供されていたが、適切な緩和ケアの推進に向けては、外来緩和ケアの普及が特に重要である。近年では、外来で緩和ケアを提供する大学病院はある一方で、開設日が少ないことも多く、結果的にがん治療医が痛み他の緩和ケア視点でのフォローアップも担当せざるを得ない状況も見られる。また現状では、緩和ケア専門医の外来診療にのみ外来緩和ケア管理料が設けられているが、緩和ケアは、退院後に地域の通院しやすい医療機関に転院し、地域での緩和ケアが求められることもある。こうした現状に即した診療報酬制度が必要である。

オピオイドの偏在と2つのオピオイドクライシス

オピオイド鎮痛薬の使用量は、アメリカやカナダで日本の200-300倍であり、一握りの国々で突出して多い状態である。この世界的な不平等については、2022年に国際疼痛学会(IASP: International Association for the Study of Pain)が公表した「痛みの知識を実戦に生かす」キャンペーンの報告書でも指摘されている。特に一部の高所得国でのオピオイド鎮痛薬の過剰使用が、その普及が十分ではない国々でのアクセスに悪影響を及ぼしている。これには、高所得国の買い占めによって市場価値が上がり、中低所得国が購入できないという経済的な問題と、一部の高所得国でオピオイドの副作用が問題となり、その他の国々でオピオイドに対する誤解に基づく不必要な恐怖心を生じるという心理的な問題が含まれる。

オピオイドクライシスという言葉は、不適切使用により副作用で多くの人々が命を落とす状況を指し、オピオイドの過剰使用国で問題となっている。他方で、こうした一部の国々での問題が他国で報道され、医療者・患者双方が合理的な理由なく誤解によりオピオイドを恐れ、不必要にその使用が制限される「オピオイド恐怖症」が生じている。これは第2のオピオイドクライシスと認識されている。

オピオイドをめぐる国際的な議論の変遷

米国内でも、一部で第2のオピオイドクライシスに近い状況が生まれている。アメリカ疾病予防管理センター(CDC: Centers for Disease Control and Prevention)は、オピオイドの過剰摂取に対し、その使用を抑制するようなガイドラインを2016年に発行した。これを受けて保険会社がガイドラインの推奨する用量と処方期間を上回る処方を保険適応外とし、必要な処方が受けられない事例が増加した。これに対し、患者が不利益を被っているという批判が相次ぎ、保健福祉省のPain Management Best Practices(2019年)やCDCの新しいオピオイド鎮痛薬ガイドライン(2022年)が発行された。これらの中では、患者個別の状況に応じて、患者を中心に意思決定したうえで、適切にオピオイド鎮痛薬を使用することが推奨されている。2020年の緩和ケアに関するWHOの注意喚起でも、オピオイドをはじめとする緩和ケアは健康に対する人権であること、身体症状と精神心理症状を早期に制御することは、人の尊厳を尊重する倫理的義務であることが記載されている。

日本における医療用麻薬の使用量と緩和医療の充実度

医療用麻薬の使用量は、緩和医療の充実度を評価する客観的な指標の1つと考えられており、WHOは医療用麻薬を極端な不足なく使うことを推奨している。日本国内で、がん終末期における医療用麻薬使用量は、全国の中央値は1人当たり311.0mg、最も多い山形県と最も低い徳島県の間で16倍の地域差があった。地域差も問題だが、WHOが提唱するオピオイド最低必要量の約20分の1しか使われていない状態である。また、2010年-2019年の間で処方率は微増しているが、病床規模別にみると、199床以下の小さな病院(その多くが慢性期病床と緩和ケア病床)でのみ増えており、それ以上の病床を持つ病院では減少している。都道府県のがん診療連携拠点病院は200床以上の病院が多いことから、拠点病院での処方率が減っている可能性が考えられる。

こうした状況の改善に向けて、まずは現状の把握が必要である。厚生労働省主導で都道府県ごとの処方率を定期的にモニタリングし、結果を開示すること、その際、アメリカのように、医療外で摂取されたの麻薬・オピオイドによる死亡者数を除いた数値が示されることが重要である。また、オピオイド恐怖症に対する今後の対策に向けて、医療者・患者双方におけるオピオイド恐怖症の実態調査も必要である。

個人のニーズに合わせた鎮痛薬の適性使用

臨床での鎮痛薬の使用方針については、従来WHOによる3段階鎮痛ラダー(階段方式)と呼ばれる段階的な鎮痛薬使用が用いられてきたが、2018年のがん性疼痛ガイドラインが提唱する、痛みの強さに応じた最適な鎮痛薬をダイレクトに選択する治療方針(エレベーター方式)へとシフトしてきた。オピオイド鎮痛薬の効きやすさは遺伝的影響を受け、個人差があることに注意が必要であり、同ガイドラインは、医療用麻薬に関して、患者ごとの用量の設定や用量の上限を設けずに必要量投与することを原則としていることも重要な点である。治療段階ごとの適切な使い分けも重要であり、当院では「がん性疼痛治療の考え方」を作成し、運用している。進行がんに対してはオピオイドを積極的に使用し、治療期は、 特に痛みを理由に治療の中止が検討される場合に鎮痛効果の高いオピオイド鎮痛薬を使用し、そうでない場合は非オピオイド鎮痛薬を優先する。サバイバーの痛みは非がん性慢性疼痛とよく似た病態であり、非オピオイド鎮痛薬を主体とし、オピオイド鎮痛薬は必要最低限を必要に応じて補助的に使うとしている。アメリカ保健省やWHOの方針と一致するものであり、査読付き英文誌にも掲載され、合理的な治療戦略と認識されている。

今後の緩和ケアの普及に向けた医療者への教育・啓発

オピオイド鎮痛薬が必要とする患者に届かない理由を調査した国外の研究によると、38%が 医療者の理解や研修の不足であった。日本では厚生労働省と緩和医療学会が医療者への緩和ケア研修を実施している。その受講者の多くはがん診療連携拠点病院のスタッフだが、一方で拠点病院でのオピオイド処方率が低下している可能性も示されており、今後の緩和ケア研修の対象者やあり方を見直す必要がある。現在のカリキュラムには様々な内容が組み込まれているが、まずは緩和ケアチームの診療の約80%を占めるがん性疼痛に特化することも一案である。

また、地域の診療所にも緩和医療の教育を広げていく必要がある。痛みは日々変化するものであり、地域のかかりやすい診療所で医療用麻薬の処方を調節できると、がん患者の QOLが大きく改善する可能性がある。また、看護師、心理職、薬剤師の診療行為とオピオイドの処方は、診療報酬上、どちらか一方を選択しなければならずトレードオフの関係にある。これらの多職種による適切な介入を促進するとともに、オピオイドへの切り替えが必要な際には適切にオピオイド処方ができる医師につなげることが重要であり、多職種への教育も重要である。

最後に、緩和医療および疼痛医療の発展のためには、大学病院での教育機会の充実のために講座化を必須とするべきである。日本全国でもまだ緩和医療、疼痛医療の講座を持っている大学病院は数えるほどしかなく、これらを必須化することで、緩和医療や疼痛医療の幅広い発展が期待される。

 

【開催概要】


■登壇者プロフィール:

住谷 昌彦 氏東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部 部長/同大学医学部 准教授)
筑波大学医学専門学群卒。2007年大阪大学大学院医学系研究科修了(医学博士取得)。2008年東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター助教、2012年同病院医療機器管理部 部長/医学部講師、2014年~現職。
日本疼痛学会理事、日本医療機器学会理事、日本学術会議連携会員(2020~)、日本麻酔科学会指導医/専門医、日本緩和医療学会専門医、日本ペインクリニック学会認定医(学術委員会委員)、国際疼痛学会Chapter & Membership Committee委員、国際疼痛学会CRPS分科会Scientific Committee委員を務める。日本麻酔科学会発足以来、初の日本麻酔科学会若手奨励賞(2007年)、日本臨床麻酔学会若手奨励賞(2010年)、日本麻酔科学会山村記念賞(2017年)、日本臨床麻酔学会小坂二度見記念賞(2017年)の4大賞を受賞。

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