【開催報告】第82回定例朝食会「医療への市民参画の時代 求められる患者の意識改革」(2019年12月6日)
今回の朝食会では、山口育子氏(認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML)をお迎えし、これまでの活動の中で得られたご知見・ご経験をもとに、医療へ市民社会がいかに参画するかについてこれまでの歴史を紐解き、今後の展望や患者に求められる意識改革についてお話頂き、また質疑応答を通して会場の皆様との議論を深めました。
■患者と医療者の「協働」を目指して
ささえあい医療人権センターCOMLは、前理事長である辻本好子氏が1990年に活動をスタートさた。当初からも現在も続くその柱として、患者からの電話相談がある。これまでに六万人を超える患者の声を聴いており、そうした声はCOMLの活動における礎となっている。
これまでの医療は、患者が一方的に医療者に任せることが常態化していた。COMLでは患者ひとりひとりが「いのちの主人公」「からだの責任者」であるという自覚を持つことの大切さを訴え続けてきた。
そして活動の指針として、患者と医療者の「協働」を掲げている。患者と医療者は、本来同じ目標に向かって歩む存在であり、対立していては決して良い結果にはつながらない。だからこそ「協働(同じ目標に向かって歩む立場の異なる者同士がそれぞれの役割を果たし合う)」することが何よりも重要であると考えている。
さらに近年では、高齢社会に伴い複数の疾患を持つ患者が増えてきたとともに、科学技術の進展と共に治療の選択肢も増えている。患者の価値観も多様化する中で、医療者は絶対的な判断を下すことが難しくなっている。そのため患者側は、医療者からの説明を理解し、共に考え、自らの想いを言語化し、決めることのできる患者・市民が増えることを目指している。
■医療現場に患者と医療者のコミュニケーションを
1992年からCOMLでは、医療系学生や医療者のコミュニケーション教育の現場に「模擬患者」を派遣する取り組みを行ってきた。病院の依頼に基づいて見学・受診を行い、改善提案をする病院探検隊も全国100か所近く実施をしてきた。1990年代には、患者を取り巻く環境が大きく変わってきた。大きな病院であっても患者目線が問われるようになり、情報化の進展でがん告知なども一般的になってきた。1999年は大きな医療事故が複数発生したことで、医療安全元年ともいわれ、それ以降、電話相談の件数も大幅に増加した。
電話相談をはじめとしたCOMLでの活動を通じて、医療者だけではなく患者のコミュニケーション能力を向上させることの必要性を強く感じた。患者と医療者の関係性における課題の多くは「情報の非対称性」にある。日本でもインフォームドコンセントが広まっているが、「説明をすること」といった解釈で普及してしまった印象がある。たとえ医療者が時間を十分にとって説明したとしても、専門的な話を長時間聞いて理解することは決して容易ではない。患者がそれを理解し、自らの考えを医療者と共有をしてはじめて「成熟したインフォームドコンセント」といえる。
そのためには、医療者と患者の間にコミュニケーションという橋を架け、お互いを理解することが不可欠である。これまで以上に、医療を理解して参加し、協働できる患者・市民の必要性が高まっている。医療者に任せきりでなく、自立し、医療に参加できる「賢い患者」が必要である。
■COMLがこれから目指すもの
「賢い患者」、つまり医療を理解しより深く医療に関わり協働できる患者・市民の養成を目指し、COMLでは2009年度より「医療で活躍するボランティア養成講座」をスタートさせた。2017年度には「医療をささえる市民養成講座」に改称して基礎コースと位置づけ、アドバンスコースとして政府や医療機関などの検討会や各種委員会などの委員養成を目指す「医療関連会議の一般委員養成講座」もスタートさせた。現在では国や都道府県の検討会などはもちろん、学会による診療ガイドライン作成の段階からも「市民参加」が推奨されている。こうした基盤作りも今後のCOMLの大きな役割と考えている。会議に参加するための専門知識はもちろん、会議の流れや発言のタイミングなど、多くの役割が求められる。こうしたスキルを習得し、アドバンスコースの最後の2回実施している模擬検討会での合格者の中から希望者を「COML委員バンク」に登録する仕組みを作った。
COMLでの活動を通じて、患者であれ医療者であれ、どのような集団も釣り鐘型の正規分布曲線を描くと感じている。能力・知識・人格にも優れた人も少数いる一方で、相手の気持ちを考えられず問題行動を起こす人も少数ではあれ存在する。患者も医療者も互いに正規分布曲線の「マイナス」部分を問題視し、対立しあうことも少なくない。COMLでは「正規分布曲線の中央値を少しでもプラスの方向へ動かす」ことを意識し、活動をしていきたい。そうすることで、集団全体がプラスに引っ張られる効果があると期待している。
自分自身が一人の患者となったことを出発点とし、COMLで29年間にわたって医療と向き合ってきた。来年はCOML創設30周年の節目の年でもある。医療に過度な期待をすることなく、しかし決してあきらめることなく、医療の力を借りながら自立し、自己決定のできる成熟した「賢い患者」をこれまで以上に増やしていきたい。
(写真:高橋 清)
■プロフィール
山口 育子 氏
1965年大阪生まれ。自らの患者経験を経て1991年秋、「ささえあい医療人権センターCOML」と出合い、1992年2月COMLスタッフとなり、相談、編集、渉外などに携わる。2002年COMLのNPO法人化とともに、専務理事兼事務局長に就任。2011年8月より理事長。社会保障審議会医療部会をはじめとする数多くの厚生労働省審議会・検討会の委員を務めている。2018年6月20日に『賢い患者』(岩波新書)刊行。